昭和40年03月20日 夜の御理解
今日いつも、光昭がこう6時から7時までを奉仕するんですが、ちょうど20分ばかり過ぎましたけれども、ちょうど今日御飯が遅くなっておりましたもんですから、替わりに座る者がおりません。光昭も御飯を頂いていません。それで私が神様にお願いをしてから、3番目の息子幹三郎、あれに、兄ちゃんの代わりにしばらく座っとけと、私が御飯を頂くまでそこに座っとけと。
そしたらちゃっと、手を洗うてから、上着を着てからここに座るんですね。ほんで私、どげなん風にして座っておるか、ちょっと覗いてごらん、久富先生っち言って御飯を頂きながらです、こうやって座ってるんですね。もう何か、初めて、その、御結界に奉仕をさせて頂いてから、そのー、何か心弾んだものを感じてるらしいんですね。そして私に変わってああやってそこに座っておるんです。
これは私に神様はですね、御結界に座る事が楽しみで、楽しみでたまらんという事になったら、必ず人が助かるとおっしゃるです。もう、御結界に座る事が楽しゅうて楽しゅうてたまらん、御結界に座ることが有り難うして有り難うしてたまらんと、という、いい、いうようになったらもう絶対にお徳が受けられると思う。そこで、そんなら、皆さんがおかげを受けるとか、ね、徳を受けるというようなことが、まあ私共は、そういうようなおかげを頂いて、
今日誰だったかな、大阪から(横沢さん?)が、お参りして参りました。それからあの、横沢さんと一緒に久しぶりで、大谷さんも参ってきておりました。ちょうどお昼すました後でしたからお茶でも出してから。あの先生こちらのあの、お坊ちゃんであの小さい時から、あの紋付袴着けて、座りなさっとる方がありましょうがっち、あの方はもうおいくつになられたでしょうかっち。したらもうあんた、学院卒業してからもう、先生になっとりますよっち言うた。
ですからもう本当にお小さい、もういつか私そのお坊ちゃんが座っておられる時にお参りさせて頂いたら、もう胸が一杯になってから、おかげ頂いた事があったが。もうそうでしょうね、私共が大阪へ参りましてから10年になりますから。ちょうど勝彦が十歳の年から座っとるわけなんです。それはいわゆるま、子供心にも時には心弾んで座る事もあろう。けれどもやはりそこを辛抱泣き泣きいわば辛抱した事もある。
例えば私共の子供達が、その事はもう抵抗なしにですすね、光昭が兄ちゃん学院に参りましたら、あとを何もどうも言う事いらん、あれに兄ちゃんがおらん出来んごとなったから、あんたがおかげ頂かにゃって言われた訳でもないけれども、もう勝彦から光昭にバトンタッチが出来ておる。また恐らく光昭から今日座った幹三郎の上にも、もう兄ちゃんが今度はあれん時には、僕がもう座らんなんだろうとこうもう考えとるらしい。
先日も遅うまで光昭と話した事ですけれども、今度高校のあの人は大体頭が良くありませんもんですから、自分は私立の高校へ行く積りだったんですね。それからあの勿論おかげを頂いてからで来たんですけれども、近所の篠原さんの所の息子さんもやっぱり友達だったんですけれども、それじゃ出来なかった。もうお父さんがもう自分が学問しとらんから、これも一人息子なんです。
子供だけにはどうでもこうでも、勉強させたい、高校だけぐらいにやりたい、いや行きたいっていうなら大学にでもやりたいと弾んどられる。ところがその出来な、出来ない訳なんです。それからもう、夫婦の者がもうそれこ、そ一生懸命になってお参りしてみえられたんです。もう昨日はその勇二君っていいますが、その勇二君もおかげで、農芸高校ですかにパスしたんですよ。もうお父さんが、こんな大きな手でこうこうこうやって、おしのる様にしてから、男泣きに泣いてから喜ばれました。まあ私共とはまた、別の意味でですね、喜ばれるんです。
それがなら何故私が光昭にも、その農芸高校を選ばせたかと、園芸とか庭園とかいろいろ庭つくりのことですね。あのうえらい果樹なんかの方やら、純百姓のことだけを教える、いわゆる昔の農業学校のことでしょう。その科と色々あるんですけども、私がそれが一番まあみやすい科目でもありましょうが、それを選ばせたんです。それで私が光昭に、お前が目指すところは何か、その電気器具とか自動車の関係の、そういうことが好きなのか、何になるのかと。
やはりお父さんの後を継ぎたいとこういう。いわば宗教家を志しておるわけなんです。それならばね、ひとつあのう農学校へ行けと私が申しました。ね、これはもうお父さんがもう本当に憧れの的であっ、憧れておるくらいなんだか、だけれども不幸にしてから土に接する機会がなかった。教祖の神様はご自身が、もうお百姓さんであり、泥の中から生まれたような宗教なのだから、あのそこから、大地の御恩徳を感得させてもらう、学理的にも、それを勉強させてもらう。
ひとつあの稲作りお野菜作りに、ひとつああおかげを頂いたら、お前の金光教の道によって宗教家を志すなら、これ一番お前には適当な学校だというので、自分もそれで腹になった訳なんですね。そんな訳ですから、そのもう小さい時からですね、私の信心っていうものを、私を見てきておりますから、私の子供はほうとても親父があげん苦労しおるけんで、もうその金光様の先生だん、なるだんじゃあないって言う様な事じゃなくて、私共はみんなそういうんです。
勝彦なんかは小学校の時から作文に、大きくなったら何になるかっち言ったら、金光様の先生になるっていうて書いとった。渕上先生がそれを見てからその、善導寺の荒巻先生にきて話されたという話を、された事御座います。ですからそういう様な、お道の信心をさせて頂いて、お道のそりゃなるほど、教学的な勉強もしなければならんでしょうけども、なんというても。
例えばなら御結界に奉仕をさせてもらうことが楽しみであり、好きであり、それが喜びであり、それを稽古させて頂こうという願いがなからなければ人は助からん。さあそこでです、ね、ら今度は皆さんの場合です、皆さんはなら座る事の稽古をしなければならんというのに、皆さんは皆さんとしてどういう信心にならせていただいたらです、そのお徳が受けられるか、利が受けられるかという。
今日私、菊栄会の事をお取次ぎさせてもらいおりましたら、もう、見事な見事なその、真っ白いですね、白磁の、と、徳利に菊の花の、こう、模様の、徳利を頂きました。いわば徳と利ということだろうと私が思うた。ですから、私共が徳を、利を受ける為には、例えば御結界に座らせていただくということが、有り難うしてたまらん、いわば楽しゅうてたまらん。御結界の奉仕をさせて頂く事が、もう、生きがいであるというようなことになれば、徳と利を受ける事ができる。
ならここで教えを頂く皆さんは、どう言う様な信心をさせて頂いたら、その徳が利が受けられるかという事になる訳なんですね。皆さんどう言う様な信心をさせて頂いたら、それが受けられると思います。皆んながよく申します。先生どげな信心をさせて頂いたらおかげが受けられるでしょうかと。お徳が受けられるでしょうかと。どういう信心をさせて頂いたらお徳が受けられるだろうかというのは、まあ金光様の先生ですね。
今日も、今日一緒に、あのう山口の滝部の中村先生、これは大きな教会で、教会の教会長先生です。富永先生っちゅうのは、あそこの日奈久の教会の先生です。二人一緒にそのう参られました。先月あのう富永先生こちらへ見えられてから、ちょうど私は風邪の悪い時分でした。そういう中にまあいろいろおかげを頂いて帰られたんですけれども、今日のハガキに書いてある事です。
本当にあの、椛目の信心をこの時ばかりは身をもって、体で感ずることが出来ましたと。つまり流感に掛りましたというわけ、私の風邪を頂いて帰ったというわけなんです。で帰らし、それでも椛目との信心の、こういう体の上にも交流したと思うて、有り難いと頂いておりますという様な事が書いてある。こちらの滝部のとこの先生は、先日からお参りしてみたときに、教会が新築になった。ところが沢山な借金のために大変困っておる、一概に信者に言う訳にもいかん。
そこでまあいわゆる先祖代々からあるところの、田を売ろうとおりするけれどもどうしても売れない。それで大変良い条件のもとに、こちらにお願いに来てからです、もう早速話しがあってから、先日話がまとまっておかげを頂いたという、あのお礼のお手紙が来てるんですね。そういう先生方はです、もう必ず椛目に来てから、どう言う様な信心をさせて頂いたら、椛目のような、まあおかげを受けられるかということは、徳が受けられるかという事を聞かれます。ね、
ですからこれはもう私は、もう富永先生なんか、全然御結界なんかというのは、もう信者が参って来た時だけしか奉仕しなかったという。御結界奉仕、とにかく御結界を死守すると。しかもそこに有り難いを感じれれるように、ならなければという事になるわけなんですけれども、ならそのうここにお引き寄せを頂く皆さんの場合はそうではない。ね、じゃあどう言う様な信心をさせて頂いたら、おかげが受けられるかと。
今朝からの御理解の中に、愈々本番という時になってたじろぐから、おかげにはならんて、その為に常日頃しっかり信心の稽古をさせて頂いておけと。日頃の時には中々言う事も一通りの事は言える。ね、分かってもいる様にあるけれども、愈々本番になったらたじろいでおる。愈々本番の時に、どっこいと受けて初めてそれが徳になる。例えていうならば、本当にお力落として御座いましょうと人から言われるような時にです、
信心のない者は力を落としていくけれども、信心のあるものはです、有り難う御座いますと、ね、そういう挨拶されれば有り難う御座いますというけれども、その時に必ず力を落とすのではなくて力を拾うていくということ。ね。例えば、そのうさあ是からが本番ですよという時にです、ぶっつけ本番と言う様な事は信心の上ではもう絶対にないという事。問題はその受け方一つなんだと。
もう一押しでも後ろに下がったらもう徳にはならんと。そこはおかげを通り抜ける事はできるにしてもです、徳には徳というものはそんなもんじゃあない。日頃頂いておるときに、そのその時こそいわゆる物言わる、本番の時でもですからです、それこそ一歩だって、一分だってひざることは出来ん。例えば子供が試験に不合格であったと。親も一緒になって悲観した。もうそういうことではもう絶対おかげ頂かれん。
信心のない者ならばです、それでいいです。神様にお願いをし、お取り次ぎを頂いて、いわゆるなら、落ちたけど、落ちたならです、さあ、早速おかげを頂いた、さあこれがおかげの元になるぞと、神様のご都合はどこにあるやら分からんぞというて真実思えれる信心。というて私今朝は、その、長男が大学、同じ大学に3回も受験してから、三回とも滑った話をさせていただいた。
本人は泣くにも泣けんような、辛い事だったでしょうけれども、ね、私はもうそれこそ、もう、(?)、ゆらぐだんじゃなか、神様のご都合に違いはないと私はこう実感させていただいた。もう、こりゃもうそのくらいのことじゃない、いつの場合でもそうです、私の場合は。そして例えば、あの教会問題が起こり、そんなら僕が、あ、学院に行って教師の資格さえとってくりゃ、よかごとあるなら、なら僕が、そしてから大学には行こうということで、
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